平井 秀明(作曲・台本):オペラ『かぐや姫』(全2幕)

Opera, “PRINCESS FROM THE MOON” (in 2 Acts)

Music & Libretto by HIDEAKI HIRAI

      ★<2006日豪交流年記念>豪州公演批評・写真)(キャストほか)(チラシ

 

<曲目解説>

2003年2月16日に私の作曲・台本によるオペラ『かぐや姫』が私自身の指揮で世界初演となりました。このオペラが誕生し、育っていく過程をお話しします。

★日本文化の紹介になるオペラを作曲:

1992年の2月、当時米国留学中で国際政治を専攻しながら音楽院で指揮の勉強もしていた際、何か日本の民話を題材に日本文化の紹介にも繋がるようなオペラを作曲すると面白いのでは、、、と、こんなアイデアが浮かんだ。そこで大学のアジア図書館で、日本の代表的民話の英訳集を見つけ、幅広い世代に訴えかける内容を持つものとして『かぐや姫』が最適と感じ、その晩のうちに一曲のアリアの構想が浮かび、作詩作曲をした。

物語のクライマックスとも言える、姫が翁と嫗に月に帰る運命を告白する場面を選び、『別れのアリア』を書き上げたのである。“おじいさん、おばあさん、あなたに出会えて幸せでした”で始まる歌詞には、私自身祖父母と共に育ち、アメリカから故郷や家族のことを思い出していた感情とも合い重なるところもあり、ドヴォルザークならぬ「新世界より」といった感覚であったであろうか。

★大学のレポートでアリアの作曲を提案:

更には大学での勉強が極めてハードであったため、一般教養科目の一つとして気休めのつもりで受講していたのが、オペラに関する講座であった。専攻分野は勿論のこと副専攻のスペイン語でさえも、学期に8つのレポートを課される程で、てんてこ舞いであった。そのため、音楽なら楽を出来るはず!?と決め込んでいたのだが、10ページ程のレポートの課題が出た際には愕然としたのを忘れることが出来ない。

そこである名案(!?)を思いつき、教授の部屋の扉を叩いたのである。課題にはレポートまたはプロジェクトを提出と記されていたため、日本の民話に基づいた短い1幕もののオペラを書いて出したいと提案したが教授から頭ごなしにそんな無理な話は馬鹿げていると却下され、議論の挙句、アリア1曲くらいなら、と渋々承知してもらったのである。レポートは書き直した記憶があるが、喜び勇んでアリアを完成した充実感の方が今でもはっきりと残っている。その年の夏、ワシントンにオーケストラを結成し、指揮者としての道への第一歩を踏み出し、翌年の8月に同アリアをオーケストレーションしたものを初演した。

★筍の産地であった目黒区で世界初演:

ワシントン初演では黒人のソプラノ歌手が見事な日本語で歌い、姫に対する繊細で可憐なイメージとは異なるものの、より骨太で深みのある温かな歌声は心に染み入るものであった。お陰様で初演に際しては、地元の新聞の第一面をカラー写真で飾るなど、全く予想外の反響があり、将来のオペラ化へのリクエストが多く寄せられたのである。全2幕初演の計画が浮上したのは2001年秋の「東海道五十三次四百周年祭」の一貫として「竹取物語」発祥地の最有力候補といわれる静岡県富士市からの依頼であったが、諸般の事情で延期となった。

その後、パイオニア合唱団から「是非東京で初演を」との申し出をいただき、二転三転の末、2003年2月世界初演が実現した次第である。たまたま合唱団のリーダーがワシントン初演をお聴きになっていたなど、不思議な巡り合わせも多かった。かつては全国でも指折りの筍の産地であった目黒区を中心に実行委員会が結成され、同区内に昨年秋にオープンしたばかりの「めぐろパーシモンホール」(緞帳の図柄が見事な竹薮!)の共催も得るに至った。

★27曲構成・全2幕のオペラに育つ:

世界初演の際の出演者数は、歌手、合唱、オーケストラ、バレエを合わせると約200名にも上り、当初「演奏会形式」の予定が、お陰様で筍の育つが如く、次々と多方面からのご協力をいただき、演出・衣裳・照明・映像・バレエなどを伴う「ホールオペラ形式」にまで発展して皆様にご鑑賞いただけたことは嬉しいかぎりである。約10年前に大きな夢を託して蒔いた一粒の種(アリア1曲)が、今回27曲構成・全2幕(上演時間:約100分)で、しかもこれだけ大勢の出演するオペラに育った歓びは、筆舌に尽くしがたい。

初演2ヵ月半前に一連の稽古開始:

2002年暮れにかけて、指揮活動と並行しながら、徹夜まがいでオーケストレーションに没頭した約3ヶ月、、、最後の頃は体力的にもかなり限界に達していたが、今振り返ると完成と初演の喜びで、全でが良き思い出である。苦労して育てた筍は、やはりその甲斐あって美味しかった、、、と、そんな感覚だろうか。

一方、合唱団の初稽古は11月30日午後から開始され、いよいよ一連の音楽稽古も始まるという期待感にも後押しされるように、オーケストレーション作業・台本執筆/度重なる改訂にも取り組んでいた。そんな頃祖父平井康三郎(「平城山」、「スキー」、「とんぼのめがね」などの作曲で知られる)が肺炎で入院中だったが、容体が安定していたため、合唱団の稽古に行く前に祖父を見舞い少しオペラの話をした。「おじいちゃんの長年の夢だったオペラ作曲を僕が引き継いで書いています。その初めての練習に午後から行ってきます。」と報告すると、とても喜んでくれた。

しかし、稽古に出かける頃には容体が急変し、祖父は静かに息を引き取ったのだった。そのため祖父を見送ることと、月へと旅立つかぐや姫を見送るイメージが重なり、何とも不思議な気持ちが込み上げてきた。 その日の真っ赤な雄大な夕日があっという間に沈む様は、祖父の静かな最期のようで決して忘れられない。 明け方までオーケストレーションに追われる毎日を送る中、作曲を一番後回しにしていた序曲の〆切の前日が祖父の葬儀の夜。心身ともに疲労が溜まっていたが、祖父の遺影に向かって、「明日までに序曲の原稿を書き上げなければならない、そして、何か良い知恵かテーマを閃かせてほしい」との旨を祈りの中で語りかけた。。。そして気が付いてみると筆が走り出し、明け方には完成。祖父も生前作曲する際の「閃き」は、どこから来るのかわからない、と言っていたが、まさにこの思いそのものだった。

<オペラ「かぐや姫」に託したメッセージ>

3世代で楽しめるオペラ:

『かぐや姫』を題材に選んだ理由はいくつかあるが、特にこの日本最古の物語とされる『竹取物語』が日本人では誰もが知っているため、一般に遠い世界と考えられがちなオペラへの敷居をまず一つ取り払ってくれること、世代ごとに異なる楽しみ方が出来ること(子供にとってはおとぎ話、大人にとっては平安貴族のロマンス、お年寄りにとっては歴史・文化的背景をあらすじ、舞台衣裳、和歌その他を通じて楽しめる)と同時に、孫を連れて慣れないオペラに出掛けても、いつのまにか解説者として孫に語りかけることも可能では、といった点が挙げられる。

原作で描かれない姫の幼少時代を加え、姫の子役やその友達・母親達を登場させる場面があるが、子供達にオペラを通して感受性豊かな時期に生の音楽を体感してもらいたい、更に子育てに追われるお母さん達を支援する意味でも、むしろ母子合唱で鑑賞どころか親子共演までを可能にして素晴らしい経験・思い出にしてほしい、といった願いも託している。聴衆としてお祖父さんお祖母さんに参加していただけば、3世代揃うといった具合である。「市民参加型」のオペラとして、今後も上演先の地元の母子に合唱(メインの合唱団とは別枠)で参加していただき、またその土地にちなんだ地元ネタを盛り込んだ演出を加えるなど、フレキシブルに姿を変えられるような一場面となるのではないであろうか。こうした3世代のオペラを通じた交流で、希薄となりつつある現代の家族の絆を強めるための一助にでもなれば、と願っている。

ユニヴァーサルな視点で作曲:

竹取伝説は日本の物語の枠を越え、外国人にも充分に楽しんでもらえる内容であり、地球人と月・宇宙の人々(?)との交流といったスケールの大きな物語と私は捉えた。冷酷なトゥーランドット姫を描いたプッチーニのオペラにも似ているところもあり、世界各地で絶世の美女と讃えられた歴史的人物の周りには、似たような伝説や実話があるのかもしれない。ただ、名作オペラの多くにはかなり残酷な悲劇もある一方で、竹取伝説ならば年齢を問わず受け止め易く、かつ青少年の音楽教育を視野に入れてもバランスのとれた題材であろう。

先日の初演の際にあるご夫婦は「かぐや姫を月に見送る場面が最近嫁いだ娘さんのことを思い起こし、涙が込み上げてきた」といったエピソードを伺い、日本最古の物語が人間の宿命ともいえる「出会いと別れ」を見事に描いた点に気付き、更にこの物語の奥深さを実感した。このようなわけで、作曲にあたり日本的な旋律のみならず東西融合を意識し、国際的に理解し易い作風を目指した。「 Princess from the Moon 」と英訳して 10 年前にアリアをアメリカで発表した背景にも、こうした思いが込められている。

「かぐや姫」とアメリカで再会!?:

「別れのアリア」初演の際、あるアメリカ人が、「テレビ番組のセサミ・ストリートで『かぐや姫』を見たような気がする」と言っており、海外でも既に知られている物語なのだろうか?と思っていたところ、レニングラード・バレエ団が来日(2003年1月)した際に、ロシア人作のバレエ『竹取物語』を上演した事を知り、驚いた。

更に、2003年2月、東京での初演を終え翌朝私が渡米した時のことであるが、東海岸を襲った歴史的な大雪の中、ノース・カロライナ州の宿泊先に着いてみると夜空は晴れ渡り、見事な満月が大きな竹薮ごしに出迎えてくれた。竹薮自体アメリカでは珍しいと思い、まるで竹取の里に舞い戻ったような気持ちでテレビを付けると、一瞬目を疑うようなことが、、、現地の子供劇場の公演案内が放映されており、その演目が「 Shining Princess of the Slender Bamboo 」であった。ハッとして調べたところ、何とこの演目の題材も『かぐや姫』であり、正に奇跡のような出来事だった。

奇跡といえば、東京での『かぐや姫』世界初演を終えての帰り道。その日は午後からみぞれ混じりのあいにくの天気だったが、終演後ホールを出る頃は雲ひとつ無い真っ青な空に満月が出ており感動した。「これも演出の一部だったのか!」とのお問合せも実際にたくさん届いたほど。

台本にも工夫:

 オペラを書くにあたり台本が不可欠だが、今回は台本も自ら手掛け、色々な工夫を凝らしてみた。「姫の幼少時代」の場面を追加したほか、合唱団の方々とのお酒の席で「かぐや姫にライバルがいても良いのでは?」との軽い発想と制作上のいきさつもあり、竹取の里一番の美女こと「里の娘」という役を登場させることになった。憧れの貴公子・ 車持 ( くらもちの ) 皇子 ( みこ ) の心をかぐや姫に奪われてしまい「里の娘」にとっては一大事、といった内容に。

更にコミカルな第 1 幕を盛り上げるために 5 人の求婚者に特徴のあるキャラクター付けを施した。上記の貴公子・車持皇子、腕っ節の強さを誇る悪漢の大納言、真面目な役人の中納言、笛の名手、更には争う求婚者に水を注すように登場するおどけ役の公家。そして、最後は帝も求婚者に加わるが、帝のキャラクターは敢えて他の求婚者らの長所を全て兼ね備えた理想的かつ寛容な人物として描き、かぐや姫も月へ帰るべき宿命を背負っていなければ帝の側に仕えたいとの思いも次第に抱くような設定とし、フィナーレは帝と姫の「愛の2重唱」で盛り上げるべく作曲した。

余談だが静岡県富士市に伝わる竹取伝説は、姫が国司と共にしばらく幸せに暮らした後、富士山へと去ってしまうといった興味深いあらすじとなっている。一方、アリアの中で 3 曲は原作にあった短歌(作者不詳)を3首選び、それに作曲をした。日本語であっても聴衆が聴いて内容を理解できないのでは、と心配して以前祖父に相談した際、かえって格調があって良いのではないか、と言われたことがあった。また「帝のアリア」を膨らませるために、2番歌詞(和歌)を一首、私自身で詠んだ。

★対照的な2幕で構成:

オペラ全体の構成は2幕で、第1幕はコミカル風、第2幕はシリアス風とした背景には、姫の精神的な成長を意識したこともある。第1幕では、月から来た姫は人間の俗性を伴わず、求婚者の苦労を思いやるといった同情心などを持ち合わせない。一方で、訪れる多くの求婚者達に対しては戸惑いと期待の両感情を抱く普通の若い娘としての姿も描いた。

それに対して第2幕では、数年の時を経て求婚者たちが無理難題に苦しみ、中でも中納言は姫の強情ゆえに病床に伏し死んでしまう。こうした悲しい出来事を通じ、姫の心の中にも人間らしい喜怒哀楽の情念が宿り、徐々に自分の月へ帰るべき運命、即ち翁、嫗らとの「宿命の別れ」、どの求婚者のプロポーズをも受けることが出来ない辛いさだめを意識しはじめるのである。精神的にも成長し、より自分の出生を感じるようになるかぐや姫の姿を第2幕では描いた。

“このオペラ『かぐや姫』に託されたメッセージが更に、多くの皆様の心の中で筍の様にすくすくと様々な形で成長することを願う次第である。”  (2003年3月)

〜〜〜以上、 平井秀明ファンクラブ会報「 AKI'S PRESS 」( Vol. 9) より転載〜〜〜

 

 

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